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さりげない介護の必要性
「介護」と聞くと身近にそういう対象がないため「寝たきり」をすぐに連想してしまいます。しかし、そういういつも誰かがそばにいなくては生活できない人というのは、ここでは省いて考えたいと思います。毎日の生活はできるけれど、歩くのがが苦手で、買い物や病院へ行くとこができなかったりする人などがあげられます。外に出かけられない人は、週に何回かホームヘルパーに来てもらって、介護サービスを受けることがあります。買い物、洗濯、掃除など家事を手伝ってもらうのです。あるいは、ケアセンターに行って、歩く運動をしたり、杖や車いすを使って動きやすい方法を学んだりして、自分で日常生活を送る訓練をすることも必要になります。介護というと専門的な技術が必要というイメージがありますが、ちょっとした心がけや、手伝いで日常で十分な場合が少なくはないのではないでしょうか。家族に要介護のお年寄りや障害を持つ人がいる場合は、日常生活になかでちょっと力を貸したり、気配りをしたりすることで、ほとんどの場合が十分だったりすると思います。家族にそういった人がいない場合でも、出会う人の中に介護を必要としている人はたくさんいると思います。かくいう私は、混み合った電車の中で、やっと座れた座席の前にそういった人が来ないことを願ったりする心の小さな人間であります。しかし、これからは、勇気を出して、そんな人にさりげない介護の心配りをしてみたいと思います。
介護される人を誰かが必要と思ってくれる場所。
介護と言う言葉を聞いた時に受けるイメージってなんだかとっても暗いのですが、今は介護を受けながら自分ができることは自分でやる。そんなグループホームと言う形の老人ホームがあります。老人ホームと言ったらなんとなく姥捨て山みたいなイメージがあって、誰からも必要とされなくて。誰ももう会いに来る人もいなくて年寄りだけの中でさみしく過ごし死を迎えるというイメージでした。それが、グループホームでは自分のできることは自分でするをモットーにその中で役割分担もあったりして、生き生きと楽しそうに暮らすお年寄りも多いのだそうです。人間年をとっても誰かから必要とされたり。自分が起こした行動が誰かの笑顔につながったら。それはいくつになっても、年代も関係なく人として生きる上で必要な事なんじゃないかと思います。個人的にこうあったらいいなと言う私の中での思いがあって、こういったグループホームと親をいろんな理由で亡くした子供たちの養護施設が隣り合って一緒にあったら。もちろんお年寄りは子供のあの動きについていくことはできないのでお年寄りの昔から持っている知恵。昔からの遊び、そんなものを親と離れて生きなければならない。もしかしたら子供ながらに自分も必要ないのではないかと思っている子供たちとが仲良くなれて、子供たちも自分たちの行動で介護が必要なお年寄りの笑顔を引き出せたら、きっとうれしいと思います。今核家族化してお年寄りとどう付き合っていいかわからない子供たちにも積極的に介護の現場に来てもらうのも素敵な事だなと思っています。